邂逅

二輪の荷車に持って出る物をすべて積み、一番よい布団で覆って縄で巻いた。もう夜半だった。せむしは仕舞に庭の穴があったところへ行き、じっと見下ろした。眼を閉じた後の顔が浮かび、眼の開いた顔が浮かび、着物を被せる前の顔のはっきりしない骸が浮かん…

見て触れた後、せむしは相手を焼くより埋めてやりたくなった。焼き終えるまで立ち会えない。庭の隅に、野菜を筵にくるんで冬の間埋めておく大穴がある。女の着物から一番佳いものを見つくろい外衣のように着せてやり、相手を穴へと運んだ。土で穴を埋め、そ…

骸と鉢を忘れて居たのはほんの一時だったが、不思議にせむしの気分まで遷っていた。あれはまだ在ったのだった。どうでも触らければならぬなら陽が落ちる前がいい。遅くとも明日には造った荷とともに動きたい。 外の陽は傾きかけている。せむしは立ちあがり鉢…

遷る

室を燃やせば家も焼ける。たいがい焼けてもよいが、すべて焼けては困る。 自室に戻り、ぐるりと見回した。さしあたって寒い思いをせぬだけの衣服と布団が要る。替えは幾枚持つか。履きものは。紙を一枚置けるだけの小机、あれは手放したくない。二輪の荷車を…

荼毘

陽が落ちてからは他家の軒下で眠り、陽があるうちは戻って鉢の隣の自室で座ってみることにした。 三度目の昼、この勤めでは狎れるより骸が砕けるほうが早い、と思えた。そこで、女の室に入り、箪笥から女の着ていたものを幾抱えも出し、鉢の室に運び入れて骸…

狎れ

せむしは骸を見ること触れることを怖れる心を持っていたので、殺す意をもって人を打つところまでは平然と進んだが、相手が触れても温かくない骸になったところで窮した。まずは室を出て、次に家を出た。骸の在る室は鉢に思えた。室は他にもあるが、鉢を捨て…

骸を見ることが恐ろしい。大きな生き物ほど恐ろしい。動かないが動くかもしれないから恐ろしいのか、動かないうえにもうけして動かないから恐ろしいのか、わからない。骸と共に居ることより、それを見なければならないことが恐ろしい。むろん触れることは気…

鉢の魚

透きとおった大鉢に魚を泳がせて飼ったことがある。十日もたたないうちに、一匹がもろもろと砕けた腹を上にふわふわ浮いていた。 他の魚が死ぬのを待ち、すべて川に捨てた。鉢を洗い、鉢も捨てた。魚を鉢で飼うことはそれきりしなくなった。 死んでいる生き…

蟲打つ者

せむしは己のなかに蟲を見ては責めようとする女の手を一度手荒く掃い退けた。一度掃うと、次からは声を荒げて掃わずにはいられなくなった。 掃い、掃い、掃っても掃ってもどこまでも女が諦めないことを、見るも厭わしい怖ろしいものがごく身近に居るとき、背…

背に蟲

二十にもならぬうちに、背は弓の引き成りのように曲がっていった。伸ばせぬわけではなく病でもないが、胡坐をかき膝に肘立てじっと考えるか寝るか馴染んだ書き物を飽かず読むことを繰り返すうちに、そのようになった。背がよいあんばいに丸まると、そのまま…

不具

夫に尽くし子を愛しみ親戚とも縁戚とも近隣とも誠実に付き合う女がいた。 市の通りを女と供に歩いていたあるとき、女が道の片側からぐっと顔を背けた。何かを見るために顔を向けるしぐさと何かを見ないために顔を背けるしぐさとを人はいつからか見分ける。背…

鍋に札

子猿が帰った数日の後、陽明るいうちから寝ていると、堂の扉がまたこつこつと鳴り、身を起こしたせむしの足元へ白くもなく子でもないふつうの茶毛の猿が頭を何度も下げながら歩み入ってきた。 黙っていると、茶毛の猿は人にたがわぬ流暢な言葉で、眷属が世話…

子猿

ある夕、夜中のような暗さの、ひどい雨風となった。 堂の扉をぴたりと閉め灯りも付けず寝ていたが、扉の向こうに、こつこつこつこつと小石のぶつかるような音を察し、起きあがって扉を細く開けてみた。すきまから毛毬のようなものが転がり入ってきた。濡れす…

せむし

せむしは人の道を歩かないことにした。人に出くわしそうな道は横ぎるだけにして、もっぱら歩くのは木立のなかと背丈の伸びた麦の畑のなかだけとした。