遷る

室を燃やせば家も焼ける。たいがい焼けてもよいが、すべて焼けては困る。
自室に戻り、ぐるりと見回した。さしあたって寒い思いをせぬだけの衣服と布団が要る。替えは幾枚持つか。履きものは。紙を一枚置けるだけの小机、あれは手放したくない。二輪の荷車を使うか。馴染んできた書き物は。筆やら小刀やら鋏やら。針と糸と。すぐには要らぬが、捨てて行ってわざわざ買う気はしない。
何も無いと思っていた自室に、思いのほか物が在る。惜しいと思ったことのないものが、焼けるとなると思いのほか惜しい。
せむしは小机に一枚紙を出し、持って出ようと思うものを書いていった。ふと思いつき、もう一枚紙を出し、要るか要らぬか考えずに目に付くものを書き並べていった。そうして一枚からもう一方へ、これは要るか要らぬか、要らぬとしても自分には惜しいか、ちょくちょく迷いながら物の名を写していった。
最後に、金を持って出ることを思い出した。自分の財布に幾らもないことはわかりきっているので、女の室に入り財布を取ってきた。しばらく宿に泊れるほどの額ならば入っていた。これまで自家の財力には無頓着だったが、家と家財が焼けると決まったいまは、多く無いことは心許無い。金は他には無い。
「金目の物」という言葉が浮かんだ。その言葉がいまは明瞭に解る。こうならなければ解らない。
せむしはしばし、うんざりした。一枚の紙から他方の紙へ、自分の持物を余さず検めて要るの要らないの惜しいの惜しくないのと寄り分けていく作業は、無性におもしろかった。床に貨幣をきちきちと並べて数え、これで食いつなぎながらどのあたりへ行こうかと想い廻らすことも、妙におもしろかった。だが、いまから家探しして金目のものと金目でないものをいちいち書き写し、書くだけでなく持ちだす算段をせねばならぬのは、どうにも面倒の感が先に立つ。
わざわざ運ぶなら食い物と酒のほうが俺はだいぶ嬉しい、と思ったところで、せむしはにやりと笑った。遷る荷造りのあまりの面白さに、骸のことも鉢のことも、きれいに忘れていたことに思い至った。